VPN・海外サーバー経由の誹謗中傷で発信者は特定できるか|開示請求の難易度と現実的な対応策
「投稿者がVPNを使っているらしい」「IPアドレスが海外になっていて開示請求が難しいと言われた」──近年のネット誹謗中傷案件では、VPN・プロキシ・海外サーバー経由の投稿が増加しており、発信者特定の難易度は以前より大幅に上がっています。一方で、VPN経由だからといって100%特定不能というわけではなく、対応策はいくつも存在します。本コラムでは、VPN利用投稿の実態、開示請求の難易度、現実的な特定戦略までを技術的・法的に整理します。
VPN・プロキシ・海外サーバー経由の投稿が増えている背景
数年前まで、ネット誹謗中傷の加害者の多くは自宅回線・スマホ回線から投稿しており、IPアドレスから発信者特定が比較的容易でした。しかし近年、状況は大きく変わっています。
- 無料・有料VPNサービスの普及(NordVPN、ExpressVPN、Surfshark等)
- スマートフォン用のワンタップVPNアプリの急増
- 5ch・爆サイ系の常連投稿者がVPNを利用するケースの増加
- 中華圏・東欧サーバー経由のプロキシ・Tor利用
- 海外居住者を装う日本語投稿の増加
特に、計画的・継続的に誹謗中傷を行う加害者の多くは、特定リスクを意識してVPNを選択するようになっています。
なぜVPN経由は特定が難しいのか
VPN経由の投稿が特定困難な理由は、通信ルートが暗号化トンネルで覆われ、発信元IPアドレスが匿名化されるためです。
- SNS運営側が記録するIPはVPNサーバーのIPであって、利用者本人のIPではない
- 利用者の真のIPを知っているのはVPN事業者のみ
- VPN事業者が海外法人の場合、日本の裁判所命令の効力が直接及ばない
- VPN事業者がノーログポリシーを採用していると、そもそも記録が残っていない
つまり、開示請求は本来「コンテンツプロバイダ → ISP」の2段階ですが、VPN経由では「コンテンツプロバイダ → VPN事業者 → ISP」という3段階以上の構造になり、各段階で困難が積み重なります。
VPNサービスのログ保存ポリシーと特定可能性
VPNサービスごとに、ログをどの程度残しているかは大きく異なります。これが特定可能性を左右する最大の要素です。
ノーログVPN(特定困難)
- NordVPN・ExpressVPN・ProtonVPNなどは原則ノーログを宣言
- 第三者監査で「接続ログを残していない」ことを認証している
- 裁判所命令を受けても開示すべき情報がない状態
接続ログを保持するVPN(特定可能性あり)
- 一部の無料VPN・小規模VPN事業者
- 接続日時・接続元IP・接続先サーバー情報を保持
- 開示命令で真のIPアドレスが取得できる可能性
法執行協力姿勢のあるVPN
- 一部の事業者は犯罪捜査への協力を方針として明記
- 民事の開示請求への対応は事業者ごとに大きく異なる
実務的には、ノーログVPNを使われた時点で民事の開示請求はほぼ不可能というのが現実的な判断になります。
海外プロバイダ・サーバーへの開示請求の実態
VPNではなく、単に海外のISPやレンタルサーバーから投稿されている場合の対応を整理します。
米国・カナダ
- 開示請求への対応窓口が比較的整備
- 「DMCA Subpoena」など類似の法的枠組みが存在
- 弁護士の協力を得やすい
欧州(EU諸国)
- GDPR(一般データ保護規則)との関係で慎重
- 国によって対応に差(独・仏は比較的協力的)
- 通信の秘密の扱いが厳格
中国・ロシア・東南アジア
- 民事の開示請求にはほぼ非協力的
- そもそも法的窓口が機能していないケースも多い
- 国家間の司法共助に頼る必要があり現実的でない
日本国内のレンタルサーバー(さくら・お名前ドットコム等)
- 通常の開示請求で対応可能
- 海外の利用者の投稿でも、サーバーが国内なら開示の対象になる場合がある
VPN経由でも特定できるケース
「VPN利用=完全に追跡不能」と諦めるのは早計です。以下のようなケースでは特定が可能です。
1. VPNを使い忘れた投稿が混在している
長期間にわたる継続的な誹謗中傷では、普段はVPNを使っていても、たまたま使い忘れた瞬間の投稿が混じっていることがあります。複数投稿の中から「VPN経由でない投稿」を見つけ、その投稿を起点に開示請求を行います。
2. ログイン時のアカウント情報が手がかりになる
SNSアカウントの登録メールアドレス・電話番号が開示されると、そこから本人を特定できる場合があります。SMSログイン認証履歴は、VPNでは隠せません。
3. 投稿内容自体の特徴
文体・誤字パターン・写真のExif情報・特定の話題への執着など、投稿内容の癖から既知の人物と紐づけられるケースがあります。これは開示請求というより、民事訴訟での立証材料として活用されます。
4. 共犯者からの情報
複数人で誹謗中傷を行っているグループの場合、1人を特定すれば芋づる式に他のメンバーが判明することがあります。
5. 公衆Wi-Fi・職場ネットの利用記録
VPN以外の場面で、職場や学校の固定IPからアクセスしていた履歴があれば、別ルートで本人にたどり着ける場合があります。
多段プロキシ・Tor経由は特定可能か
VPNよりさらに匿名性が高いのが、多段プロキシ・Torネットワークです。
- Torは3つのリレーサーバーを経由して通信を暗号化
- 出口ノード(exit node)からの投稿は、世界中の他のTor利用者と区別困難
- 民事の開示請求でTorユーザーの特定はほぼ不可能
ただし、操作ミスでTorを通さずに投稿した瞬間や、Torと組み合わせた他の情報があれば特定可能性が出てきます。日本国内では、Tor利用者の特定に成功した刑事事件の事例が少数存在します(民事ではほぼ前例がない)。
実務での対応戦略:諦める前に試すべき5つの方法
VPN・海外サーバー経由の投稿でも、以下の対応で特定可能性を最大化できます。
複数投稿を全件分析し、VPNを使っていない瞬間を探す
アカウント登録情報の開示を主軸にする(メール・電話番号)
投稿パターンの解析で、被疑者を絞り込んでから開示請求の戦略を組む
国内サービス上の関連投稿で別ルートからの特定を試みる
刑事告訴と並行し、警察の捜査ルートを使う(民事より権限が強い)
特に5の刑事告訴ルートは、警察が事業者に協力要請を出せるため、民事の開示請求で行き詰まったケースで突破口になることがあります。
海外プロバイダへの送達と翻訳の問題
海外法人を相手に開示請求する場合、書類の翻訳と国際送達が大きな実務的課題になります。
- 訴状・申立書の英訳費用:1件5〜15万円程度
- 国際送達手数料:1〜3万円程度
- 送達期間:3〜6か月(送達条約加盟国の場合)
- 中国・台湾向けは特殊手続きが必要
新制度の発信者情報開示命令では送達の負担がやや軽減されていますが、それでも国内案件より1.5〜2倍の費用と期間がかかると想定しておくべきです。
費用と期間の追加コスト
VPN・海外サーバー絡みの案件は、通常の開示請求より費用も期間も大きくなります。
- 着手金:30〜60万円(通常案件の1.5〜2倍)
- 成功報酬:50〜100万円
- 翻訳・国際送達等の実費:10〜30万円
- 期間:8か月〜2年(通常の2倍程度)
- 特定確率:通常の50〜70%程度に低下
弁護士に相談する際は、「VPNが介在している可能性」を初回相談時に伝えることが、現実的な見積もりと戦略を得るための第一歩です。
「無理」と言われた場合の見直しポイント
弁護士に「VPNだから無理」と言われた場合でも、以下の角度から見直す価値があります。
- VPNの種類・特定可能性を技術的に検証したか
- 投稿群全体を分析し、VPN利用と非利用を仕分けたか
- アカウント登録情報の開示を試みたか
- 刑事告訴ルートを併用する余地はないか
- ネット案件の最新動向に詳しい弁護士にセカンドオピニオンをもらう
ネット誹謗中傷分野は技術と法律の双方が必要な領域で、事務所による経験差が極めて大きいのが実情です。
まとめ:VPNの壁は「絶対」ではない
VPN・海外サーバー経由の誹謗中傷投稿は、確かに従来より特定が困難です。しかし、ノーログVPN以外の利用、複数投稿の中の使い忘れ、アカウント登録情報からの追跡、刑事ルートとの併用など、突破口は複数存在します。「VPNだから無理」と一律に諦めるのではなく、投稿全体の解析・戦略設計を行える弁護士に相談することが、特定成功率を最大化する最重要ポイントです。費用と期間は通常案件の1.5〜2倍を見込む必要がありますが、悪質な継続案件であれば、十分に投資する価値があります。技術と法律の両面から戦える専門家とチームを組むことが、VPN時代の発信者特定の鍵になります。
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この記事の著者
開示請求Navi 編集部
発信者情報開示請求・ネット誹謗中傷対策に関する情報を、弁護士・司法書士・IT調査会社などの専門家と連携して発信しています。正確で実践的な情報をお届けすることを使命としています。